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どう防ぐ、飛散とばく露

膨大ながれきと被災建築物 どう防ぐ、飛散とばく露


建通ネットワーク 2011/10/14掲載


 



膨大な量のがれきの中にアスベスト含有建材が混在している。分別は非常に困難だ(陸前高田市で5月撮影、写真提供・中皮腫・じん肺・アスベストセンター)




1階から座屈下事務所。応急危険度判定を行った建物の二次災害の防止も課題だ(仙台市で6月撮影)



 



 被災地ではいま、急性呼吸器障害の症状を訴える被災者や復旧作業従事者が増え続けている。石巻赤十字病院の矢内勝呼吸器内科部長は「地震発生後2カ月が経過したあたりから病院全体の入院患者が減った。だが、せきやたん、喉の痛みを訴える患者は増加し続けている」と話す。津波が市街地に残した大量のヘドロとがれき類が乾燥し、ヘドロ細菌が被災地の大気中を浮遊。これを吸入してしまった人が、感染症や化学性肺炎の症状を訴えているのだ。

地震発生から60日間で同病院の呼吸器内科が受け入れた入院患者は、2010年、11年の同時期と比べ、肺炎は約4倍、肺の生活習慣病であるCOPDは約7倍、気管支ぜん息は約6倍だ。

その原因は「ヘドロ細菌のほかに、津波による溺水(できすい)・誤嚥(ごえん)、断水による口腔ケア環境の悪化、栄養状態の低下やストレスなどによる宿主免疫能力の低下などにある」

地震発生後、呼吸器内科を受診した患者には津波肺炎、誤嚥(ごえん)性肺炎、粉じん吸入性肺炎―の症状を訴える患者が多く、「粉じん吸引性肺炎を発症した患者からは、すでに数人の死者が出ている」

矢内呼吸器内科部長が心配するのは、被災した子どもたちの将来の健康だ。「乾燥したヘドロに含まれている化学物質や重金属、油類が大気中に拡散している。アスベストが使われている大量の倒壊家屋や工作物、船舶などの解体・撤去作業は数年間続くだろう。被災地の子どもたちが数十年後に(典型的なアスベスト疾患である)肺ガンや悪性胸膜中皮腫などを発症するリスクは決して低くはない」

呼吸器系疾患が懸念されるのは、何も津波被害を受けた沿岸部だけではない。これまでほとんど報道されることはなかったが、内陸部でも地震動によって建築物などに被害が発生している。罹災証明を受けた建築物などの解体が増加する一方で、今後、不法解体が増えることも心配されている。被災地の復旧・復興を円滑に進めながら、被災者や復旧・復興に従事する人たちをアスベストばく露から守るためには、いま何が必要なのか。アスベスト問題に詳しい清水建設技術研究所の川口正人主任研究員に聞いた。



 


リスクを探り当てる人材 建築防災の観点から必要


 



川口正人



―東日本大震災には、どのように対応しているのか。

「過去の地震災害との違いは、津波による被害が甚大だったということだ。これを加味してアスベスト対策を講じる必要がある。津波では建物などの大半が流され、膨大な災害廃棄物(がれき)が生じた。他方、地震動で被害を受けた建物に対しては、早急に復旧することがゼネコンにとって重要な使命と考え行動してきた」



―がれきに含まれるアスベスト対策をどのように進めていくのか。

「がれき処理の中でアスベスト対策は検討が求められる課題だ。処理には慎重を期さなければならないが、併せて一定期間内で迅速に処理していくことも求められる」








膨大ながれき処理 英知の結集が肝要






―処理の迅速化と慎重さという二律背反の課題に、どのように向き合っていくのか。

「災害廃棄物はいろいろな種類があり、またそれらに含まれている可能性のある建材の種類も多様だ。それぞれに応じて仕分けていく仕組みの構築が重要だ。その際には、ゼネコンだけでなく、機械、環境、プラントや水処理など、多岐にわたる専門の技術者や関係者が協働し、英知を結集してプランを考えていくことが必要。ただし、これだけ膨大ながれきの処理は誰しも初の経験であり、多くの課題があることも事実。これまでいろいろな産業分野で培った要素技術をうまく組み合わせていくことが肝要だ。アスベスト対策に当たっても、これまでの経験値を生かし、実績を積み重ねた技術を選定する一方で、今後、緊急に開発すべき技術も出てくる可能性がある」








健康被害を及ぼさない仕事、作業の進め方で






―作業員や住民の健康被害を防ぐためには、どのような取り組みが求められるだろうか。

「がれきは、集積段階で仕分けがされているものもあれば、被災地にあった各種の建物や工作物の構成材料、車両、船舶など輸送機器までが混合されてしまっているものもある。その中にはアスベストが原料として使用された材料が含まれていた可能性もあり、集積されたがれきに対して混入していないと安易に断言することは難しいことだ。一般大気などの環境モニタリングの結果、アスベスト繊維粉じんの浮遊が検出されないケースがあっても、がれきを動かすような作業時に、違う挙動が起こるリスクがあるかもしれない。環境モニタリングなどの手法を組み合わせ、がれきの処理に携わる作業員や周辺住民に健康被害を及ぼさないよう、仕事の進め方を検討する必要があるだろう」



―アスベスト対策関連の現行法令に何か課題はあるか。

「アスベストを含む物質を取り扱う労働者は労働安全衛生法、一般の方々などは大気汚染防止法や廃棄物の処理及び清掃に関する法律などで、安全性が担保されている。課題があるとすれば、自分の家を自分で片付けるケースやボランティアが片付けを手伝うなど、一般の方々が直接がれきなどに触れるような作業のケースだろう。これらの方々のアスベスト繊維粉じんのリスク対する認識度を高めていく必要性を感じる」

「こうした中で、厚生労働省などが住民らに防じん用のマスクを配り、利用を促したことは良かったと思う。アスベスト粉じんによるリスクを低減させる手法として大切なのは、粉じんをたてないということであり、取り扱う際において最優先すべきなのは破砕しないこと、湿潤させることだ。最後に防じん用のマスクでアスベスト繊維粉じんを吸い込まないようにすることだ。最後の砦であるマスクは正しい使い方によってばく露防止の効果が得られる。がれきなどを取り扱う方々の健康被害を未然に防止するための知識を全体で共有していく必要がある。災害復旧やガレキ処理の作業場所では、ばく露防止に必要とされることなどに関する作業従事者教育を徹底すべきだ」



―今後のアスベスト対策で重要なことは何だろう。

「アスベストは熱や薬品に強く、かつては夢の材料として広く使用され、火災時など多くの尊い生命や財産が守られてきた。しかし、今は発がん性が認められ、使用禁止となった。メリットとデメリットのバランスが逆転したということだ。今後の対策に当たっては、社会における生活環境の中で、まずアスベストがどこに潜んでいるかを把握しなければならない」








潜むアスベストの把握へ 「見極める」人材不可欠






 「現状でも、建材メーカーや分析機関、ゼネコン、改修・解体業者、アスベスト除去専門企業など、多方面にアスベストに詳しい人は存在するが、材料、使用した際の施工方法や施工状況、類似材料、分析方法、判定方法、対策方法などにすべて深く通じている人は多くはない。また、アスベスト建材の判定員といった公的資格も日本では存在せず、一律の技術力が担保されていない。このため、判定者によってアスベスト建材の有無に対する判断が異なるケースが起こる可能性がある」

「アスベストを使用した建材は鉄骨造の建物だけでなく、個人の住宅や各種の工場、倉庫や立体駐車場などさまざまな場所に使用されている。どこにアスベストを含む建材が使用されているのか、見極めることができる人材の育成が不可欠だ。こうした人材が、積極的に建物での使用状況調査の段階から関与すれば、解体や改修の施工段階で初めてアスベストの存在が見つかるケースは減るだろう。震災など有事に備えることを目的とするのではなく、建物の日常の維持管理やメンテナンスの計画・実施に資するように、平時から着実に人材を育成・登録しておき、必要が生まれた時にはこれらの人材を集められるシステムを構築すべきだ」

「現行の応急危険度判定は、地震により被災した建築物について、その後の余震などによる倒壊の危険性や、建築物の部分などの落下や転倒の危険性を速やかに判定し、恒久的復旧までの間における被災建物の使用にあたっての危険性の情報提供によって、被災後の人命にかかる二次災害を防止する活動だ。このような活動においても、アスベスト建材に関する専門家が判定に関与することも考えられる。例えば、応急危険度判定では「緑」(調査済)だが、アスベスト建材の存在状況によって防じんマスクを着用せずに立ち入ることは避けた方がよいと判断するような考え方だ」

「今後は建築防災の観点から、アスベスト問題を真剣にとらえる必要がある。地震などの災害への備えとして広く使われてきたため、身近にあるがどこにあるか判りにくいアスベストというリスクを豊富な知識と経験で探り当てることができる人材を育てていくことが大切である。このような仕組みの構築は、ボランティアや被災地の自治体などが主導することではない。すべての主体がアスベスト対策に協働して取り組んでいくことが急務だ」




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