道路の新設や拡幅時に電柱は原則として設置できない―。議員立法として提出されていた「無電柱化推進法案」が2016年12月9日に可決、成立した。阪神・淡路大震災での自らの経験を踏まえ、法案の取りまとめを推進してきたのが衆議院議員時代の小池百合子氏だ。東京都知事となったいま、美しい景観形成と「セーフシティ」を実現するための取り組みとして、新たな条例の制定など無電柱化を強力に推し進めようとしている。無電柱化をめぐる動きから目が離せなくなってきた。
電柱設置を抑制、低コスト技術開発を推進―無電柱化法
無電柱化推進法では、国と地方自治体、関係事業者に、良好な景観形成や安全な交通を阻害する道路上の電柱・電線の設置を抑制する責務を課した。
国土交通大臣には、総務大臣・経済産業大臣と協議し、電気事業者や電気通信事業者の意見を踏まえて、無電柱化推進に関する基本方針、計画期間、目標、施策を盛り込んだ無電柱化推進計画を策定することを求めている。都道府県、市区町村に対しても、それぞれ無電柱化推進計画策定の努力義務を課した。
国・自治体は、指定した道路で道路法第37条第1項に規定する道路占用の禁止・制限措置を講じ、電柱の新設を禁じる。
事業者に対しては、道路事業や面開発事業の進捗を踏まえ、既存の電柱・電線の撤去を進めるよう要請。
政府は無電柱化を進める上で必要な法制上・財政上・税制上の措置を講じる。
無電柱化を迅速に進めるため、国・自治体・関係事業者に浅層埋設、小形ボックス活用埋設、直接埋設などの低コスト技術の開発も求めている。
東京の電柱をゼロに―小池知事
無電柱化の必要性を強く訴えてきた小池知事は、就任後初となる都議会で、「セーフシティー、ダイバーシティー、スマートシティー」の三つを実現することを目標に掲げ、待機児童対策や沿道建築物の耐震化などとともに、無電柱化に重点的に取り組む方針を打ち出した。
阪神・淡路大震災での経験を踏まえ、「強力に進めるべきは道路の無電柱化だ。その意義や効果を都民に広く理解してもらい、推進に向けた大きなうねりを起こす。事業者間の競争やイノベーションにつなげることで、課題であるコストも縮減したい」と述べた。無電柱化推進計画に沿った事業を推進しつつ、区市町村による取り組みを支援する考えだ。
都は現在、14〜18年度の5カ年を期間とする「無電柱化推進計画」に基づき都道や区市町村道の整備を進めている。同計画では、都道・延長717`と区市町村道・延長199`の合計919`で事業に着手または完了する目標を設定。都道では、災害時の緊急輸送や防災拠点を結ぶ第1次緊急輸送道路や周辺区部・多摩地域を中心に延長172`の整備に新規着手する。
2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会を前に、山手通りと荒川に囲まれたセンター・コア・エリア内で、計画幅員で完成している都道の無電柱化を完了させるとともに、会場周辺の区市道も無電柱化する。
無電柱化推進条例を制定、都道全線で電柱新設を禁止
都では16年12月末に策定した「2020年に向けた実行プラン」の中でも、都道や区市町村道の無電柱化に重点的に取り組む方針を明確にした。16年度見込みで40%となる都道全体の地中化率を20年度に47%に高める目標を設定。同じく31%だった第1次緊急輸送道路の地中化率を43%、36%だった環状7号線の地中化率を73%にまで引き上げる。
また、無電柱化推進法の実効性を担保しつつ、都の責務や取り組みを明確にするため、17年度に「無電柱化推進条例」を制定する。都 市防災機能の強化や安全で快適な歩行空間の確保、良好な都市景観の創出といった無電柱化の意義や効果を都民に分かりやすく示して事 業への理解と協力を得るとともに、都や区市町村、事業者の責務や取り組むべき事業の内容を明確化する。併せて都道全線(延長約2200 `)を対象に電柱の新設を原則禁止する指定を行う考えだ。
推進計画の策定や、コスト縮減に向けた新たな整備手法を導入するなど無電柱化に「チャレンジする区市町村」に対し財政支援も拡充する。
都内の区市町村のうち国や都に準じた格好で無電柱化推進計画をまとめているのは港区と世田谷区だけにとどまっているため、他の区市町村にも計画策定を働き掛け、技術的・財政的な面から支援する。
さらに、歩道幅員が狭く地上機器の設置スペースが限られていることなど課題が多い反面、設置効果が大きいと考えられる商店街などでの事業化に向け、新たな技術やコスト縮減策の導入を検討する区市町村に対しても、技術的・財政的な面から取り組みを支える。そうして実現した事例を他の区域に拡大していく方針。
コンパクト化、低コスト化へ技術開発を促進
一方、無電柱化を推進するためには、▽延長1`当たり5億円を超える整備費用の縮減▽供用している道路(歩道)での長期にわたる工事期間の短縮▽大きなスペースが必要な地上機器などのコンパクト化―といった課題に対応することが欠かせない。そこで、事業者とともに話し合う場を設置し、電線共同溝のコンパクト化や材料の低コスト化に向けた検討を進めていく。
都が2月6日に開いた「道路埋設物管理者会議」には、事業者である東京電力パワーグリッド(千代田区)とNTT東日本(新宿区)が参加。
東電パワーグリッドは、地上機器や特殊部、引込分岐桁などのコンパクト化、管路材料・条数の見直しによる低コスト化、掘削工事の見直しによる工期短縮・低コスト化などについて、19年度までに新機材を開発し、20年度までにコストを半減させる目標を打ち出した。
NTT東日本は、電線共同溝の掘削断面を減らしてコスト削減や工期短縮につなげるとともに、他の事業者と共同施工することで工期短縮や繰り返し工事を抑制する方針を示した。さらに、ケーブルを直接地中に埋設するダクトケーブルの開発に取り組んでいることも説明した。
都は事業者と連携しながら技術開発を促進することで、より効果的・効率的な事業展開につなげていく考えだ。
国土交通省は、低コスト化や道路占用の禁止など無電柱化を推進する方策について話し合う「無電柱化推進のありかた検討委員会」を設置し、1月26日に初会合を開いた。電線類の地中化工事に関するコストや電力会社との調整といった課題について、検討委では今春にも短期的・中長期的に講じることが望ましい施策を提言する。
ロンドンやパリ、香港の無電柱化率が100%であるのに対し、日本では東京23区で7%、大阪市で5%と大きく立ち遅れた状況にある。さらに、1年当たりの整備延長も、2004〜08年度の440`が、09年度以降に260`と大きく落ち込んでいる。
無電柱化の遅れは、公共事業費の減少に加え、コスト高も障壁になっている。従来方式の電線共同溝では1`当たりの整備費が約3.5億円で、海外で一般的な直接埋設の8000万円の4倍超と割高だ。
国交省も無電柱化の低コスト手法の導入を急いでおり、16年度に基準を緩和した「管路の浅層埋設」と、モデル施工に着手した「小型ボックス埋設」については、16年度中に技術マニュアルを作成し、全国に展開する考え。さらに低コスト化が可能な「直接埋設」についても、17年度にモデル施工を開始する予定だ。
有識者で組織する検討委員会では、こうした現状を踏まえ、無電柱化の推進に向けた短期的・中長期的な施策として
@国民の理解促進
A道路占用の禁止など
B電柱・電線の抑制と撤去
C調査研究、技術開発などの推進
D電力関係者などとの連携・協力
E財政上、税制上の措置など
―について検討を進める。
全国282の市区町村長で構成する「無電柱化を推進する市区町村長の会」は2016年12月に開いた定期総会で、無電柱化推進法の施行を受け、さらに無電柱化を強力に進めていくことを確認した。
会議で新会長に選出された埼玉県本庄市の吉田信解市長は、「国土交通省や国会と連携し、美しい日本を取り戻す」と述べ、国による推進計画策定などの施策展開や、全国自治体で無電柱化推進が加速することに期待を寄せた。
同会は15年10月の設立以降、推進法の早期成立、関係予算の確保、地方自治体の負担軽減などを安倍晋三首相や関係省庁に要望してきた。総会には議連メンバーの多くが来賓として出席。衆議院議員の西村明宏氏は「党派を超えて結束した結果。今日は第一歩だ」とあいさつ。同じく宮内秀樹氏は「東京都と同じように、条例に向けた研究をしてほしい」と、各首長に呼び掛けた。
国交省の石川雄一道路局長は「国民の理解を得ることが重要。基礎的自治体の皆さんの役割は大きい」と述べるとともに、課題の一つとされている整備費用については「低コスト化のための技術開発を進めていく」との考えを示した。
茨城県つくば市は、国内初の無電柱化条例となる「つくば市無電柱化条例」を2016年9月30日に施行した。条例では、つくば駅周辺(約220f)、市役所のある研究学園駅周辺(約140f)、万博記念公園(約10f)、みどりの駅周辺(約10f)の合計約380fを「無電柱化区域」を指定。この区域で開発を行うデベロッパーなどは、新たに電線類の敷設が必要な場合には、地下に埋設するための管路整備や、埋設に掛かる費用を負担しなければならない。
つくば駅などの中心市街地では、すでに無電柱化されていたが、公務員宿舎跡の再開発などにより電線類を架空線で整備する事例が出てきた。これに対応するため、市内全域で無電柱化を促進するために条例を制定した。無電柱化区域以外については、無電柱化の努力義務を定めている。
無電柱化の推進に関する法律の制定記念シンポジウムが1月25日に東京都内で開かれた。電柱新設の抑制と、国内に約3500万本ある電柱の撤去に向けて、無電柱化整備コストの削減推進や国・自治体、事業者、住民が連携して取り組む重要性を訴えた。
電線のない街づくり支援ネットワーク(高田昇理事長)が主催したもので、自民党無電柱化小委員会事務局長で衆議院議員の宮内秀樹氏、国土交通省の森山誠二環境安全課長らが出席した。災害の防止、安全・円滑な交通の確保、良好な景観形成の実現を目指す同法の制定経過や内容などを説明した。
高田理事長は「災害の多い日本で無電柱化は待ったなしの課題。これまで法律制定を求めて活動してきたが、今度は自治体、事業者、住民がどのように行動していくかが問われる」とあいさつした。
シンポジウムでは、有識者や自治体、電力事業者、技術者などの代表によるパネルディスカッションが行われ、「無電柱化法で何が変わり、何をなすべきか」をテーマに意見を交わした。東京大学大学院の松原隆一郎教授は、無電柱化法には強制力や罰則がないという特徴を指摘。無電柱化整備を加速するために、つくば市のように全国の自治体が無電柱化条例を制定する必要性を訴えた。
東京電力パワーグリッドの佐藤育子配電部長は、東京電力の無電柱化の取り組みを紹介し、東京23区で約50%、千代田・中央・港の3区では約90%の電力設備がすでに地中化されており、20年までに整備コストの半減を目指していることを説明した。
(2017/2/10)