建通新聞社

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建設不動産会社の顧客目線・顧客重視の実現
〜問題の可視化と履歴管理によるマンション建物バリューアップのコツ〜
第4回 「情報開示」「情報伝達」って意外に難しい

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 怒っています。そして悩んでいます。

 今回、第4回は「顧客重視ってなんだ?」の続き、次のポイントをお話しする予定でしたが、週末の朝、一瞬で目がさめるような事が起きました…。
 2018年5月12日付の一般紙1面に、強烈な見出しの記事が掲載されていたのです。それは

『マンション修繕費 目安は』
『1戸「75万〜100万円」最多31%』

といったもの。まるで今巷で進められている修繕工事計画が全て割高であるかのように感じさせられる見出しに、大変驚きました。

 建設業界関係の皆さんも目にされて「なんて記事だ!」「何か間違えてないか?」などなど、思うことがあった方もたくさんいらっしゃることかと思います。

 この見出しを読んだ一般消費者の皆さんは、どのように感じるでしょうか。少なくとも現在、まさに大規模修繕工事を計画中の理事の皆さんが目にされたら、どう考えるでしょうか。
 「今進めている工事は割高なのか?」「コンサルが提案してきている修繕項目には不要なものが含まれているのではないか?」と思う人が多いのではないでしょうか。

 社会面にも大きくスペースを割いたこの記事、国土交通省のリリースを確認して、ようやく言いたいことの全貌が分かりました。記事の内容も、じっくりと読めば「まぁ、そうか」となります。

整理すると、
・国交省調査では直近3年間に行われた大規模修繕工事944事例について「工事内訳」「工事金額」「設計コンサルタント業務内訳」「設計コンサルタント業務量」を統計的に整理した調査を初めて行った。
・本調査の目的は発注者たる管理組合の利益と相反する立場に立つ設計コンサルタントを排除するため、管理組合等の大規模修繕工事の発注等の適正な実施の参考となるよう情報提供をすることである。
・本データと自マンションの類似事例を比較し、「工事内訳に過剰な工事項目・仕様がないか」「戸あたり、床面積あたりの工事金額が割高となっていないか」「設計コンサルタントの業務量が著しく低く抑えられていないか」を管理組合が主体的に確認、検討する必要がある。

 ざっとこんなところです。
 国交省はかねてから多くのマンションで大規模修繕積立金不足になっていることに対し繰り返し警鐘を鳴らしており、長期修繕計画作成にあたってのガイドラインにおいては十分な工事費用を確保するよう、参考となる数字を開示しています。

 つまり、今回のリリースは全体的な背景を加味すると、あくまで過去3年の実施データを参考にし、「修繕工事や関係する設計コンサルタントに支払っている金額が適正なものであるかを見積もりましょう」「設計コンサルタントがしっかりと業務を行っているかについて監視しましょう」「施工内容をきっちりと把握して無駄に修繕金を浪費していないかを確認しましょう」ということです。

 決して「大規模修繕工事の目安が75〜100万円であり、しかも
2回目、3回目と工事を実行するごとに工事金額が下がりますよ」ということではありません。

 むしろ国交省の考え方の根底には「積立金不足をいかに解消するか」ということがあり、「現状は積立金不足ゆえに致し方なくこれくらいの施工金額しかかけられていない」「貴重な積立金を悪質な設計コンサルタントによって無駄にされてはいけませんよ」という警鐘を鳴らしたくて、このリリースを行ったのではないかと、筆者は推察しています。

 記事に戻りましょう。私にはこの見出しは一般消費者をミスリードしているようにしか思えませんでした。実際に現在お付き合いのある管理会社とお会いした機会に伺ってみると…。朝から記事に対する意見や問い合わせがあったと言います。大手一般紙の1面、社会面トップの記事ですから、社会的影響は大きいですよね。記事の内容をしっかりと読み込むと、国交省のリリースに沿った結論に近づけるようにはなっています。しかしこの見出しは読者を引きつけるため、完全に誤解を招くようなものをあえて付けているように思えるのです。

 今回改めて強く感じたことは、情報の非対称性が大きく、供給側の事業者と一般消費者との間に知識や経験が大きなこの業界においては、情報伝達を慎重にしなければいけないな、ということでした。

 前回は「情報開示が顧客重視に繋がる」というお話をしましたが、「開示」と「伝達」が同義語であると読み替えると、今回の件のように一般消費者をミスリードするようなことが、いつでも起き得るんだなと考えるのです。

 今回の件に関して言えば、新聞社もビジネスですから、ショッキングな見出しで読者を引き付け、購読者の興味を喚起するようなことはあるでしょうし、これを否定するつもりもありません。彼らは情報伝達が目的ですからそれで良いのですが、私たちはそうではありません。顧客の大切な資産を預かっている、という視点が大きな違いだと私は思います。

 施工現場でのお客さまへの説明、営業現場でのセールストーク、理事会での意見表明などなど、多くの場面で情報伝達をする場面に私たちは遭遇します。このような場面で、常に「情報を受け取った側はどう感じるだろうか?」という目線を忘れてはならないのです。

 自分の友人だったら?家族だったら?
 情報伝達をするときには、常にこんな目線で考えることが大切ではないでしょうか。

執筆者プロフィール

株式会社建物検査・調査・診断研究所(Biid) 代表取締役社長 安部博文

安部博文
株式会社建物検査・調査・診断研究所(Biid) 代表取締役社長
info@biid.co.jp
一級建築士、一級施工管理技士、住宅性能評価員。20年間の施工現場経験を礎として、検査業務に従事して10年以上。豊富な経験と「本質を突き詰める」鋭い視線で新築施工検査、既存建物調査に挑む。趣味は釣り。息子と猫を溺愛。1963年島根県出身。 http://www.biid.co.jp