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地域の建設業が取り組む「ソーシャルビジネス」

 ― 千年建設(名古屋市熱田区) 岡本拓也社長に聞く ―

社会課題解決に不可欠なプロ・経営者の視点

先日の東京五輪開会式でオリンピック月桂冠賞を受賞したムハマド・ユヌス氏。同氏が提唱し、ノーベル平和賞を受賞したことで「ソーシャルビジネス」という言葉と概念は、広く一般に認知されるようになった。そのような中、地域に根ざした建設企業による本格的なソーシャルビジネスが、名古屋市内で始まっている。ひとり親世帯などの生活困窮者に安価な家賃で住まいを提供する「LivEQuality(リブクオリティ)」だ。このビジネスを主導する千年建設(名古屋市熱田区)の岡本拓也社長に、その事業の狙いと、建設業がソーシャルビジネスに取り組む意義を聞いた。(中部支社報道部・岡本学)

経済産業省によると、ソーシャルビジネスの定義は「地域社会の課題解決に向けて、企業などが協力しながらビジネスの手法を活用して取り組むこと」。しかし、岡本社長はこれに「ビジネスとしてのスキームを確立し、継続的な社会支援を可能にすることが大切だ」と付け加える。要点は事業性の確保だ。

LivEQualityは、営繕工事に強い千年建設が建物を取得または借り上げ、支援団体や不動産会社と連携して一人親世帯などに住宅を提供する。生活に困る人たちは「家がない(あるいは不便な家に住む)ために、行政の支援が受けられない、仕事ができない、学校に行けない」という問題を抱えるケースが多い。このことを知った岡本社長が、2020年に社内の新プロジェクトとして立ち上げ、協力者の輪を広げて事業化した。目指すのは、住宅を起点にした負のスパイラルの解消だ。

「通勤や、子どもたちの通学、日々の生活を考えたとき、困窮している人こそ便利な家に住む必要がある」という岡本社長。さらに、再出発の地になるからこそ「住む人が尊厳を持てる住宅であることが大切だ」と語る。

ただ、ボランティアとしてぜいたくな家を提供するわけではない。同事業で取得するのは「立地などは良いが、市場のトレンドを少し外れた物件」。例えば、4月に取得したナゴヤビル(名古屋市東区)は、名古屋市中心部に位置し、最寄りの地下鉄駅まで徒歩5分、さらに「南側が開けていて、日当たりが良い」物件だが、築38年を経ている。普通ならば、賃貸用には取得しづらい物件だ。

ここで「施工・管理会社として工場などに常駐し、小さな修繕から給排水まで、電気以外は全部やる」という同社の強みが生きる。高経年物件に不可欠な日常的な修繕や、リフォームのコストが抑制できることで、「無理のない運用計画を描く」ことができた。

他に取得した物件も、「すでに住んでいる人のコミュニティがしっかりしている」といった一般的ではない物件の美点を評価。修繕能力と、住む人の立場に立った視点が奏功し、「保有物件のほとんどが入居済み。空き物件にも多数の問い合わせがある」という。

「どんな良い取り組みも、一時的では本質的な解決にはならない。事業としての仕組みを確立し、続いていくことが大切。仕組みがしっかりしていれば、その取り組みは拡大していく」と話す岡本社長。事業者やプロが持つ経営者の視点が不可欠だからこそ、ソーシャルビジネスに取り組む意義があると考えている。

 

地域の建設業は元来「ソーシャル」な存在

 

岡本社長がソーシャルビジネスを考える原点となったのは、バックパッカーとして訪れたバングラデシュ。同地には、後にノーベル平和賞を受賞するムハマド・ユヌス氏が始めた、マイクロクレジットという融資システムがあった。シングルマザーなどに少額を融資し、それを元手に借り手が貧困を脱していく仕組みは、ソーシャルビジネスの原型。これを見て「社会問題をビジネスの中で解決していくスキームに感銘を受けた」という。

帰国後は、公認会計士として大手コンサルティング会社に勤務し、企業の事業再生などを担当。その傍(かたわ)ら、ソーシャルビジネスなどを支援するソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(SVP東京)や、子どもたちの教育支援を行うNPO法人カタリバの活動などに従事した。その後、「仕事にやりがいはあったが、本当に納得できることをやりたい」とコンサルを退職。その直後に発生した東日本大震災の復興や、社会課題に向き合い、SVP東京の代表やカタリバの事務局長などを務めた。

まさに、日本に根付き始めたソーシャルビジネスの最前線を走っていた人生に転機が訪れたのは3年前。千年建設の創業者でもあった父親が急逝し、社内から後継を要請された。「優秀な社員による後継も可能だと考え、最初はお断りした」が、最終的には社長に就任。2020年のコロナ禍の中で「家が貧困の要因になっている」ことを知り、1人の部長とタッグを組んでソーシャルビジネスのプロジェクトを立ち上げた。

最初こそ社内に戸惑いはあったが、自社の得意分野を生かしたスキームは早い段階で浸透。いまは「社員の家族が喜んでくれているという話を聞くのがうれしい」という。

良い反応は、社内ばかりではない。すでに、ソーシャルビジネスに関わるために入った社員がいる。「県外からも、新卒の募集に応募してくれる人がいる。いまの若い人たちは、社会課題に対する関心が高い」と想定以上の反響があるようだ。

「地域の建設業はもともとソーシャルな立場なのではないか」と話す岡本社長。考えて見れば、地域に根ざした建設業には、地元の名士やリーダー的な役割を果たしてきた企業が多い。災害対応や社会資本の整備・維持という役割は、社会に発生した課題を解決する仕事だ。

多くの経営者は「事業を通じて社会に貢献する」ことを本気で考えている。ソーシャルビジネスは、その意識の顕在化だ。必要なのは「社会貢献や、新たな社会課題の解決をビジネスに融合させる」こと。地域の建設業者にとって、これまで担ってきた役割を発展させ、新たなテーマや、新たなスキームで取り組むことがソーシャルビジネスといえるのかもしれない。

 

広がる連携の輪 コレクティブインパクトで課題解決

 

「修繕に強い自社の強みを生かして、一人親世帯などの生活に困る人たちに住宅を提供する」。岡本社長がこのプロジェクトを立ち上げた際、最初に必要になったのが、支援を求める人たちをよく知るネットワークだ。「住宅を用意しても、知ってもらわなければ意味がない。住み始めても、継続的なサポートが必要になる」と思い至り、ひとり親支援団体のリンクリンク(名古屋市中村区)に協力を依頼。両者が検討を進めるうちに、この事業により適した物件を提供・管理するマメカバ不動産(愛知県東海市)が、理念に賛同して参加した。現在は、この3者を中心に連携の輪が広がっていくことで、LivEQualityと名付けたソーシャルビジネスが展開されている。

この流れを踏まえて、岡本社長は「ソーシャルビジネスには、さまざまな立場の人たちと連携するコレクティブインパクトの考え方が不可欠だ」と話す。実際にLivEQualityでは、前述の3者の他にも、多くの個人や団体が連携。その団体の中では「教員を目指す大学生が、一人親世帯の子どもたちに勉強を教える」といった取り組みも進められている。

岡本社長いわく「入居者も連携する仲間」。その意味を「例えば、子どもたちは学生に教える機会を提供している。それぞれが、個性や特長を生かし、好循環を生み出して社会問題を解決する輪を作ることが大切だ」と説明する。「その輪や器が広がれば、解決できる対象やできることが増え、その中に入る余地も広がる」という考えだ。

 

それだけに、目を向ける課題は「貧困」だけにとどまらない。住宅を取り巻く課題を「金余りの経済政策の影響で、不動産や家賃が値上がりし、賃貸住宅の選択肢が狭まっている。その結果、空室率が上がっているのに家賃を下げられない物件も出ている」と分析。「住宅は、さまざまな問題のボトルネック。ソーシャルビジネスは、そのレバレッジポイント(解決につながる力点)になれるのではないか」と予測する。

事業者やプロとしてのシビアな目と、社会的弱者に寄り添う優しい目、そして社会問題を俯瞰(ふかん)する視点。この3つの目がソーシャルビジネスを支えている。新しい仲間が入ってくる度に「楽しんでくれるかなと緊張する」と笑う岡本社長。そのポジティブな思いの輪がどこまで広がっていくのか楽しみだ。

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