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発注者・施主の意識改革を

発注者・施主の意識改革を

蟹澤宏剛芝浦工業大学教授講演より(1)


月刊建設データ2011年10月号掲載

 



 国土交通省の建設産業戦略会議のメンバーであり、建設技能労働者の人材確保のあり方に係る検討会座長を務めた蟹澤宏剛芝浦工業大学教授は、9月15日に静岡市内で開かれた「建設構造改善推進のつどい」で、「建設産業が持続可能であるために、今必要なこと〜建設産業戦略会議の報告を踏まえて〜」と題して講演した。建設技能労働者を育て、守る、という視点から建設産業の未来を考えた当日の講演を、4回に分けて再現する。



 



蟹澤宏剛



 きょうのお話は、建設業が持続可能であるために若手技能者にどうやって入ってきてもらうかということです。わたしが外から見ていても、とても若い人が減っております。例えば工業高校を卒業して建設業に入る人の数が、バブルのころの半分以下になっています。大学でも建築学科の卒業生の数は変わっていないのですが、建設業に行く人の数は半分くらいに減っています。

そうした中で、どういうことを考えなくてはいけないかというお話をします。大きくは三つです。

一つ目は、国土交通省の建設産業戦略会議が先般取りまとめました「建設産業の再生と発展のための方策2011」が、どういうメッセージを含んでいるかということです。

二つ目は、これから建設業団体とか労働組合の役割がますます大きくなってくるというか、今までの高度成長期の時代での団体の役割と変わってくるだろうということ。外国の例などを交えて、その役割をお伝えしたい。

三つ目は、どうやって技能を若手に伝えるかということについて、わたしが研究していること、考えていることをお話しさせていただきたい。





職人依存型生産システムへの甘え

さて、1990年ころの絶頂期のわが国のスーパーゼネコンと一部の準大手ゼネコンは、半ば自動化してファクトリーオートメーションのように建設現場を運用するという技術開発をして、世界から注目を浴びていました。「これが未来の建設の姿だ」という技術開発でしたが、多くが一つか二つのプロジェクトでやめてしまいました。これはなぜかということを考えたい。

いろいろな国に行って痛感するのは、日本の職人の技能が高いということです。このような技術開発をするよりも人に任せた方がずっといいものができる。

元々、元請けの方も分かっていたと思うのですが、一方で人材育成を誰もやってこなかったものですから、既にこの時代に職人がいなくなる危機感を持っていた。だから、こうした技術開発をやるんだと言っていたのです。しかし、結局は職人に任せた方がいいものができるから、こういうことをやめてしまった。一種矛盾したことを、わが国の建設業はやってきたのです。その辺のことについて、もう一度考える必要があるのかなと思っています。

大工には板図というものの伝統があります。100分の1とか50分の1の図面を渡されて、後は「現場で適当に作ってくれ」とやっているのが日本の建設業の特徴なんです。

普通は原寸に近いものを、本当はゼネコンとかサブコンが書くものではなく、設計者側が全部用意して「この通り作りなさい」というのが外国では普通のやり方です。日本の場合には昔から設計もやり構造計算もやり、現場のことを考えてやるのが職人のシステムだから、図面は非常に簡便、簡単なもので良かった。

だから、日本では設計図は、建物が完成してからできる。本来設計図ができていて、そこから造り始めるはずですから、これがなかなか建築の関係者以外には理解されないのです。

皆さんが設計図が完全ではない中で、建物を造っているのは外国では在り得ないことなんです。これはやはり日本の良いところであります。その上、元の設計図よりも良いものを造ってしまう。皆さんが元請けと現場で話し合いながら、「こうやった方がいいよ」とやっているのは日本の特徴なのです。契約が優先する外国では、絶にやってはいけないことなのです。これを僕は「職人依存型生産システム」と呼んでいます。

みなさんが当たり前だと思っていることが、世界的に見れば特殊なことで、やはり職人の存在ということが大きいのです。そして発注者にリスクが存在しないというのは、それに甘えてきたわけです。



戦略会議の「方策2011」で、われわれが一番ターゲットとして訴え掛けているのは発注者と施主です。発注者と施主がちゃんと職人のことまで考えた発注をしているのか。それから建物の維持保全のこと、さらに建物だけじゃなく、例えば地域の意義とか、緊急時の対応といったことも考えたような発注の仕方をしてくれているのかどうかなどが重要だと考えました。





課題は「賃金」「教育」「評価」

今、建設業で考えなくてはならないこと。これはもう急を要する課題と思うのですが、とにかく収入が1日1万円にも満たないという現実です。

若者が建設業に魅力を感じてくれないのは、賃金のほかにもう一つありあます。「一人前なるのは10年だよ。それまで我慢してくれ」ということ。これをいい意味で変えていかなくてはならないと思います。

ここ数年で非常に変わったのが料理の世界です。昔は、絶対レシピは教えなかったが、今は手取り足取り教えます。ですから、僕はある市のマイスターの選考委員をやっているのですが、昔は建設業が非常に多かったのが、最近はほとんど理容師と料理人ばかりです。それは、教える体系が非常によくできているからです。

建設業も「一人前になるのは10年だよ」と、いつまでも言っていないで、変えていくべきでしょう。特に最初、基礎をどうやって教えるかということを、よく考えなければいけない。

それから熟練技能を持っていても評価が適切にされるわけではないということです。戦略会議で問題にしたことですが、無保険とか無年金の方がたくさんいて、それで働き続けなくてはいけないとか、いろいろな問題があるのが建設業界です。

建設業界に問題があるということを、一般世間が見ているわけで、若者も同じように見ていて魅力を感じなくなっている。そのことをわれわれ業界の人間が考えなければならない。

データを見れば、ありありと分かることがあるのですが、例えば29歳以下の割合は、バブルのころには22%くらいだったのが、直近ではその半分くらいになっている。恐らく、技能者だけで見れば、もっとひどい状態になっていて1割もいないのではないかというのが実感です。

これをどうにかしないと、産業としてもたないわけです。どんどん高齢化して産業が途絶えてしまいます。

それを防ぐためにはどういうことを考えなければいけないかというと、まずは高度成長期の成功モデルをみんなで見直さなくてはいけないと思っています。

本当は利益対立をする組織である元請け、専門工事、労働組合がみんな共通に思っていることですが、「建設業は結局請負だよ」ということです。個人が請け負うことが正しい姿なのかということを考えなくてはならない。右肩上がりでずっと仕事が増え続けなければ請負は儲からない。

日本にはユニオンとかギルドのような職別の組合が外国ほどにはきちんとないものですから、技能を評価する仕組みがない。このレベル人はこの賃金ということが外国では決まっている。日本では請負で腕のいい人は、同じ金額でもいっぱい儲かるという評価しかなかったので、「だから請負だ」といことが言われてきたのだと思います。



しかし、仕事が減っていく中では考え直さなくてはならない。「技を盗め」ということも考え直さなくてはいけない。「ケガと弁当は自分持ち」ということも。戦略会議での「保険にはやはり加入しましょう」ということが、このことです。

それから「新築は儲かる」「結局は新築なんだよね」ということも考え直さなくてはならない。新築市場は確実に減っています。もう半分に減っているのだから。そうした中で何をやっていくか。これも「方策2011」の中で、われわれのメッセージを伝えました。





建設産業戦略会議の報告書が語ること

それでは、戦略会議がどういうことを申し上げたのかということをお話しします。

昨年(2010年)12月に委員として召集を受けました。当時の馬淵澄夫国土交通大臣は、大学の建築学科を出て準大手のゼネコンに勤めていましたので、建設業のことをよく分かっていました。

その時の大臣の危機意識としては「ことしは除雪の空白地帯がものすごくあるらしいぞ。これは、地域の建設業がつぶれていたりとか、衰退しているのが原因だから何とかしてくれ」というものでした。競争入札でたたき合っていたら、この産業はもたない。別のことを考えられないか、というところから始まったのが、今回の建設産業戦略会議だったのです。

当初は、非常にタイトなスケジュールで中間答申を(2011年)1月に出すということでしたので、正月の4日からメールが委員の間を飛び交っていました。

本当は10年度内に最終報告を出す予定でしたが、震災があったので延びました。それで内容もより濃くなったという経緯があります。

「方策2011」で、どういうことを申し上げたかということですが、第一の課題としては地域の維持ができなくなっている。このため、地域維持型の契約方式の導入を考えてください、ということを大きなテーマとして提示しています。今までのような価格一辺倒のものではなく、かつ単年度主義ではなくて、例えば複数年契約するとか、地域で会社がたたき合うのではなくて、「地域維持型JV」という今までライバルだった企業が組んでもいいのじゃないか。そういう提案をしています。

それから新築だけで終わらず、実はこれはPPPとかいろいろな考え方があるのですが、維持も含めて受注してもいいのではないかということです。

公共工事をやる中で若手を採用して、そこで育てるというような、昔でいう徒弟ですね。外国へ行くと、こういう徒弟制度があるのですが、そういうことも考えてくださいということを盛り込んだのが、この地域維持の契約です。よく「分かりにくい」と言われますが、「方策2011」の本文をよく読んでいただくと、そういうことが全部書いてあります。




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