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法律が作った土壌汚染 第6回 「検出されないこと」@

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 前回までは土壌汚染対策法の概要のお話をしてきました。今回からは趣向を変えたお話しです。土壌汚染対策法や環境基準値には「検出されないこと」という記述があります。これは法律で定めた分析方法(公定分析法)で実施した場合、法律で検出下限値(定量下限値と同じ意味で使われている。)が決められており、その決められた濃度以下では「検出されない」こと、としているのです。
 環境中の有害物質は「検出されないこと」と報告できれば、一般の方は安心するという発想があることが、この「検出されないこと」という用語が使われてきた背景にあると思います。しかし私はこの「検出されないこと」という法律用語は、法律が科学技術を冒とくしている言葉ではないかと考えています。また、長い間、環境行政で使われてきたために分析技術の進歩に追いつけなくなってきたばかりか、公定法の記載文面を取り繕わざるをえなくなっている状況です。では「検出されないこと」をいかに取り繕っているかを以下に書きます。

〜有機りん〜
 有機りんとは、法律用語で4種類の有機りん系の農薬のことを指します。りんを含む有機物は自然界に農薬以外にもたくさんありますし、有機りん系の農薬だけでも多くの種類があります。法律用語とはいえ不適切な言葉です。4種類とはパラチオン、メチルパラチオン、メチルジメトン、EPNです。EPN以外の3種類の農薬は約40年も前(1970年代初頭)に使用できなくなっています。飲料水や環境水の基準からは今から15年ほど前に削除されましたが、排水基準や土壌環境基準には残って現在まで続いています。埋設農薬など特殊な状況ではこれらの廃止農薬が検出されることもありますが、そのようなことはめったにないでしょう。全国一律基準として決まっている以上、全国の分析機関で分析されています。法律を作る人達は分析費用はタダだと思っているようです。
 有機リンが環境基準に決まった昭和40年代ごろは、分析精度の悪い吸光光度法しかありませんでした。この方法では、0.1mg/L程度までしか分析できません。その後、ガスクロマトグラフ法が普及して公定法にも取り入れられました。農薬の分析では通常、1L程度の試料水から抽出する方法が行われますが、公定法では試料の液量をわざわざ100mLに限定し、さらに分析方法の記述にこの分析方法の定量下限値は0.1mg/Lとすると記載しています。現在のガスクロマトグラフ法を使えば新しい検出器も開発されたりしているので「検出されないこと」の1万分の1ぐらいまで検出できます。公定分析法の記述には、今では全国どこの分析機関も採用しない吸光光度法を残してあり、「検出されないこと」を堅持しています。

〜シアン〜
 シアンは土壌溶出量試験や地下水環境基準などで「検出されないこと」は0.1mg/L未満です。これは公定法(JIS規格)に定量下限値が書いてあるのではなく、決められた試料量(50ml)から計算すると定量下限値0.1mg/Lとなるのです。実は環境基準(河川や海域など)が最初に決められた当時(昭和46年)は公定法に試料の量はきちんと書かれていたわけではなく、そのころの分析機関は「検出されないこと」を0.01mg/L未満としていたところも結構あります。公定分析法に試料量50mlが明記されたのは、もっと後になってです。つまり「検出されないこと」の数字は科学的根拠ではなく行政が後追いで決めた数字です。
 ところで土壌の溶出量試験(=地下水基準)、含有量基準、水道水基準で分析しているシアンはシアン化学種がそれぞれ違うものを分析しているので注意が必要です。また、環境基準(河川、海、地下水など)と土壌溶出量基準の「検出されないこと」は0.1mg/L未満ですが、水道水の「検出されないこと」は0.01mg/L未満なので注意が必要です。

〜PCB(ポリ塩化ビフェニール)〜
 PCBは209種類の異性体及び同族体と呼ばれる化合物の集合です。そのひとつひとつの成分を分析する技術は、基準を決めたころは難しい状況でした。その頃に決められた「検出されないこと」の分析方法を未だに踏襲していて、定量下限値は0.0005mg/Lとされています。PCB化合物の内、コプラナPCBと呼ばれる化合物はダイオキシン類の一部として分析されています。このダイオキシン類を分析する技術と同等の分析でPCB分析を行えば、「検出されないこと」は今の千分の1以下にはなるでしょう。基準値を「検出されないこと」ではなく「0.0005mg/L未満」としたほうが自然だと思います。
― 続く ―

執筆者プロフィール

九官鳥 地質調査会社社員 メールアドレスhza01754@nifty.ne.jp