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法律が作った土壌汚染 「土壌汚染対策法の功罪」

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 前回まで「規制項目と基準値について」ということで各規制項目についてお話ししてきました。最初に土壌汚染対策法による規制項目は大きく第1種(揮発性有機化合物)、第2種(重金属等)、第3種(農薬等)に大別されるとして、各項目について説明してきましたが、第2種については7回にわたって説明したのに、第1種と第3種はまとめて1回で済ませました。実は第1種と第3種は人工的に作られた化学物質(※1)に由来します。汚染が見つかったらきちんと対策をするべきでしょう。第2種(重金属等)は基準超過となる事例も多く、その原因を考えても基準値や規制のあり方に問題があると考え詳しく書きました。

 第2種は何処の土にも少しは入っていて(※2)、地層によっては自然状態で基準値を超過することがあります。環境省の調査によれば、平成21年度までの土壌汚染の累計値約1万件のうち基準超過は第2種が約70%を占め、鉛、砒素、ふっ素の3項目で全体の約半分を占めています。これらの物質はもともとの自然地盤で基準を超過していたり、あるいはそのような地盤の土を移動したことによって基準を超過しているものがかなりの量を占めていると考えられます。このような土壌は本当に健康リスクがあるのでしょうか。

 土壌環境基準は土壌汚染対策法の約10年前(平成3年8月)に制定されましたが、自然的原因による基準超過は環境基準を適用しないとしています。しかし、昨年の土壌汚染対策法の改正で自然的原因による基準超過も法の対象とするとされました。法改正前のパブリックコメントで自然的原因による基準超過は法の対象とすべきでないという意見が多く寄せられましたが、いつものパブコメと同様(儀式として)に聞きいれられませんでした。行政目標である環境基準と規制法たる土壌汚染対策法に齟齬があるというおかしな話です。

 土壌汚染対策法改正の際、当時の環境省土壌環境課の課長は、「みんなでなろう届出区域」とあちらこちらで話されていました。私は火山や温泉地帯の土壌調査を行うこともありますが、このような場所では砒素や鉛などが基準を超過するケースがよくあります。環境省所管の国立公園特別保護区域には火山や温泉はあちらこちらにありますから、環境省は進んでこのような場所の調査を行い全て形質変更時要届出区域に指定したらいいでしょうね。
 
 自然的原因による基準超過は平野部でもあります。市街地再開発などでは100ha規模で面整備を行うような場所で自然由来による基準超過があることがわかっているような場所があります。このような場所の工事では当然、法4条の対象になるわけですが、自然由来の汚染のおそれがあるということで調査命令を出そうとしたら何百人にも調査命令を出すことになり命令を引っ込めたという話もあるようです。(調査命令は土地の改変者にではなく、土地の所有者にでる。)別の大規模な公共事業では何万トンもの自然由来基準超過土壌を搬出しなければならないところがあります。この土は全てセメント工場か管理型の処分場にもっていくのでしょうか。本当にリスクがそんなにあるのでしょうか。

 このような自然的原因による基準超過はほとんどが溶出量基準超過によるものです。基準超過土壌から鉛や砒素が溶出して地下水に移行して、その地下水を人が70年間飲み続けて健康被害を生じる。なんとなく多重安全モードとなりすぎてはいないかと思うところです。前に温泉の基準を書きましたが、温泉は短時間に飲むことを前提で基準をゆるくしてあります。地下水は検査をして、何年も飲むと体に悪いので基準を超過したらそのときに飲むのをやめればいいのです。仮定と安全係数の積み上げによるリスク管理ではなく、もう少し水際のリスク管理で十分ではないかと考えます。安全安心にこしたことはありませんがそのために失う社会的な資本があまりにも大きいのではないかと考えます。そんなお金をかけるなら交通安全にかけるほうが皆の幸せにつながるでしょう。自然由来の基準超過土壌はまさに法律が汚染土壌を作ったといえるのではないでしょうか。

 土壌汚染対策法は、安全安心の多重なリスク回避の結果、基準値という部分的な最適性にこだわり、もっと広い視野に立ったリスク管理をないがしろにしているのではないでしょうか。例えば鉛は、普通の人は8割以上食品経由で摂取しています。土壌からの摂取は小児ではやや高いですが、成人では2.5%程度と見積もられており、飲料水からの摂取もありますが鉛の水道管が寄与する割合が高いのが現状です。清涼飲料水の原水の基準は地下水基準の10倍の0.1mg/Lです。社会全体の中で法体系は横のつながりがなく、土壌汚染対策法の規制による費用対効果は最悪だと思います。

※1:PCBの一部は山火事など物の燃焼などでごく少量だが自然にできるものもある。
※2:六価クロムは通常は三価クロムとして存在する。シアンは自然起源としては植物由来が知られているが、土壌には自然起源で含まれることはない。

執筆者プロフィール

九官鳥 地質調査会社社員  メールアドレスhza01754@nifty.ne.jp