縦割りをこえて日本を元気に 第7回・最終回 東日本大震災における縦割り問題
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東北復興工事を遅らせている要因に、予算の執行における各省ごとの煩雑なルールがある。
2013年6月に、被災自治体に対する一元的な窓口と支援を行う復興庁ができた。しかし、自治体は、復興庁は縦割りの弊害から脱却していないという。復興予算は、各省各課の予算を集めたものである。復興庁は、自治体の要望をうけて、予算を使うときの現場の裁量を各省につなぐが、各省には予算を使う上でのルールがあり、その遵守を求めてくる。復興庁はそのルールを被災地に通告する。これでは縦割りはこえられない。
たとえば、自治体からあがった避難用の道路を作りたいという要望の多くは、復興庁の査定で却下されてしまった。防潮堤のように、震災で壊れたものを元にもどす「復旧」事業は認められるが、新規のものは認められないという理由である。防潮堤には巨額の予算がおりても、避難用の小さな道には予算がつかない。さらに、岩手県釜石市では、これまで曲がっていた道路を、区画整理でまっすぐにする計画をたてたが、元の道路、つまり曲がったままの道路の「復旧」しか予算がつかないといわれたそうだ。その後の折衝で、この問題は改善されたが、こんな状況では新しいまちづくりはできない。
問題の根本は、巨額の復興予算のなかに復興庁の実行予算がないことだ。復興庁には自らの意思で「被災地に寄り添う横断的な施策」を実施する予算が与えられていない。
私は、東北復興のためには、復興庁自ら実行予算をもち、被災地に向き合う体制をつくるべきだったと思う。未曾有の災害という非常時にもかかわらず、平時の縦割り行政のもとで復興予算が執行されてきたのはおかしい。復興庁にもっと強い権限があれば、復興に関わる各省の政策と予算を集め、被災地の立場にたって施策を組み立てなおすことができたと思う。また、省庁ごとに類似の政策があれば、その重複をなくすことで、無駄な予算を削減することもできたはずだ。
復興事業にかかわらず、縦割り行政の本質は予算獲得にある。各省庁の政策競争そのものは、英知を集めることで悪いことではない。問題なのは、集まった諸政策を、省益をこえて横断的に調整する力が弱いことである。政策競争は、野放しにすると国家財政の破綻を招きかねない。縦割りをこえる力が必要だ。
(参考 米田雅子著 「縦割りをこえて日本を元気に」中央公論新社)
執筆者プロフィール
米田雅子
慶應義塾大学特任教授・建設トップランナー倶楽部代表幹事
建設トップランナー倶楽部
http://www.kentop.org/