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身近な社会学 第14回 人として

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母子と友人の4人が、レストランを訪れた。
夜9時を過ぎていたので「遅い食事だな」と接客にあたった男性は思ったそうだ。
というのも、子どもは4〜5歳の幼稚園児と思われる男の子だったからだ。
彼は、この母子に、何とも言い難い気持を感じていた。
母親の男の子に対する言葉や態度に、違和感があったという。
このグループが食事を終え、10時をかなりまわってから店を後にした。

5分程経ったとき、入口にずぶぬれの男の子が立っていた。
見れば先ほど帰ったはずの、男の子だった。

「どうしたの」
「あの、おかあさんが忘れ物をしたから」
 彼は思わず彼を引き寄せ、タオルで体を拭いた。
「そうか、大変だったね。気がつかなくてごめんね」
 男の子を連れて、座っていた席へ移動する。
「忘れ物は何かな」
「駐車券」
 テーブル周辺を捜すと、座席の下に駐車券が落ちていた。男の子に手渡した。
「おにいちゃん、ありがとう」
 振り向いて出ていこうとした男の子に聞いた。
「傘は?」
「ない」
「おかあさんは?」
「向こう」男の子が指さしたのは、車の通りが激しい道の反対側だった。
 外は変わらずに雨が降っている。彼は、やりきれない気持ちになった。
「危ないからね。おにいちゃんが一緒に行くよ」
男の子の手を引いて、すこし先の横断歩道を渡る。
聞けば、横断歩道ではなく車の激しい道を横切ってきたという。
彼の中に、激しい怒りがふつふつと込み上げてきた。
待っている母親は、椅子に座って携帯電話をかけていた。
誰と話しているのやら、きゃあきゃあ笑い声をあげながら。
彼の怒りはピークに達した。母親の電話が終わるのを待ち
「あの、さしでがましいとは思いますが」

夜 危険な道 幼稚園児 激しい雨 傘がない ずぶぬれ 忘れ物 駐車券

彼の頭の中に、母親に対する怒りがグルグルとまわり
お客様ということを忘れ、思わず自分の気持ちをぶつけた。

彼は男の子に傘とタオルを渡し
「じゃあな」と、頭をポンと撫でてから、店へ戻って行った。
スピードを出して行きかう車をよけ、雨に打たれながら道を横切ったとき
切なくて情けない、やりきれない気持ちになり、涙がでそうになったという。

息子が、いつになく饒舌に、自分の体験談を話しだした。
「お客様に対して言ってはいけなかったと、わかっているんだ。
でも、人として許せなかった」
毅然とした顔で息子が言った。

「そうだね。でも、あんたが言ったことは間違っていない」
私も毅然として彼に言った。

同じ立場だったら、私も同じことをしただろう。
いや、さらに上をいく説教を始めたに違いない。

息子が眩しく見えた日だった。

執筆者プロフィール

太田稔子(おおたとしこ) キャリアカウンセラー 交流分析士 各種講師 メールアドレス kerorine1205tm@yahoo.co.jp