建通新聞社

建設ニュース、入札情報の建通新聞。[建設専門紙]

法律が作った土壌汚染 第12回

いいね ツイート
0

「規制項目と基準値についてC」

砒素
砒素は中世ヨーロッパの時代から現在においても代表的な自殺や他殺に用いられる毒物のひとつです。平成10年におきた和歌山カレー毒物事件は有名です。これはカレー鍋に工業用の三酸化砒素が混入され、これを食べた人のうち67名が急性中毒となり、12時間以内に4人の方が亡くなられた事件です。現在でも抹消神経炎の後遺症に悩まれている方がいるそうです。また、真偽のほどはさだかでありませんが、ナポレオンは獄中で壁に塗られた砒素化合物からの蒸気により毒殺されたとの話があります。砒素は急性中毒ばかりでなく、慢性中毒もよく知られていますが、そのひとつに症状として発癌性があることもわかっています。
砒素の基準値はWHOの飲料水のガイドライン基準値を元に決められています。暫定最大耐用1日摂取量 (PMTDI:2 μg/kg)及び暫定耐用1週摂取量(PTWI:15 μg/kg)を基にし、飲料水として摂取する割合(寄与率)を20 %とした時の値として評価され、0.01 mg/L以下とされています。発ガンのリスクは10万人のうちの一人が癌になる確率で通常評価されますが、砒素の場合は0.01 mg/Lよりも低い値として見積もられています。しかし、食物中の砒素の寄与や代謝変異、栄養状態などの不確実さもあり、発ガンリスクにより評価を行うと過大評価となる可能性もあり現在の数字を採用したとされています。この数字が、飲料水、表流水、地下水、土壌溶出量の基準として決められているのです。基準値を0.01 mg/Lよりも低い値にすると分析も難しくなるし水道水などの水処理も困難を伴うという事情もあるようです。
日本人は温泉が好きで、温泉水は飲用も健康によいということで湯口にコップを置いてあるところも多く見受けます。その温泉にも砒素を含むものが多く、私の知るデータで最も高いのは青森県の恐山温泉で39.5mg/L(基準の約4千倍)というのがあります。関東の名湯草津温泉は酸性で下流の吾妻川は魚の棲めない川でした。現在では、国土交通省が石灰を投入して温泉の流れ込む沢水を中和しています。中和物は下流の品木ダムに沈殿していますが、ここに一緒に砒素化合物が沈殿しています。
我々がいつも食べる食品中にも高濃度の砒素が含まれているものがあります。海産生物は陸上生物に比較してはるかに高濃度の砒素が蓄積していて、その濃度は、無機砒素の毒性として考えると、海産食品を多食する人にとっては中毒が起こっても不思議ではない量とされています。しかし、海産食品摂取による砒素中毒例は報告されていません。魚介類の砒素化合物は大部分が有機態砒素です。コンブ、ワカメなどの海藻類も砒素の濃度は高いが、ヒジキを除き有機態の砒素が主体となっています。生物中の有機態砒素は毒性がほとんどないのです。
ヒジキには無機態の砒素が多く含まれています。英国食品企画庁(FSA,2004*1)は発癌性の高い無機態の砒素を多く含むヒジキを食べないように英国民に勧告しています。これに対して日本の厚生労働省は極端に多く摂取せず、バランスのよい食生活をこころがければ健康上のリスクはないと発表しています(厚生労働省,2004*2)。私も昔から食べているし、毎日どんぶり一杯食べるわけではないので問題ないと思っているのですが・・・・。
乾燥ヒジキを買ってきて砒素を分析してみました。ヒジキを水で戻して、その水の濃度は0.90 mg/Lでした。さらに戻したヒジキは一旦、水を切り、新しい水 を加え15分煮沸しその煮汁について砒素分析を行なってみました。煮汁の砒素濃度は1.1 mg/Lでした。煮汁の砒素は約半分が無機態の砒素でした。概ね環境基準の50倍です。
私は、ヒジキは嫌いな食べ物ではないので、この分析の後でもよく食べます。はじめのほうで述べたとおり砒素は猛毒であり発癌性もあります。最近では茨城県の神栖で汚染地下水による健康被害が出ました。この砒素は有機態の砒素が原因でしたが生物に含まれる有機体砒素ではなく毒ガス原料としても使われる猛毒物質が原因でした。当初は日本軍の遺棄兵器が疑われましたがもっと最近の不法投棄が原因であることが明らかになりました。また、インドやバングラディシュなど世界の各地でも地下水が原因による健康被害を受けている多くの方がいます。決して侮れない有害物質です。
地下水を監視し、水際で砒素を過剰に摂取しないように注意することはとても重要なことだと思います。地下水基準は0.01mg/Lであるべきだと思います。しかし、食べ物や温泉など我々の身近な部分でも相当摂取され接しているこの毒物について、食べない土壌の抽出液を0.01mg/Lで規制することは正しいのでしょうか。

*1:英国食品規格庁FSA http://www.food.gov.uk/news/newsarchive/2004/jul/hijiki
*2:厚労省の見解 http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/07/tp0730-1.html

執筆者プロフィール

九官鳥 地質調査会社社員  メールアドレスhza01754@nifty.ne.jp