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祝・横浜市公共建築100周年<3月号>

横浜ファンを拡大せよ−。

Congratulations on the 100th anniversary of Yokohama City Public building division.
Please enjoy more information for Yokohama lovers.
 
1922年4月1日に横浜市の行政組織に営繕事務を行う「建築課」が誕生して100年がたち、23年4月から101年目が始まる。公共建築の歴史を振り返る本連載も最終回。横浜動物の森公園にある「よこはま動物園ズーラシア」のアフリカのサバンナゾーンを紹介し、最後に公共建築の100年を年表で俯瞰する。
(2023年3月1日更新)
 
As many as one hundred years have passed since the public building division was established in Yokohama City Government on April 1, 1922. April marks the beginning of the 101st year. This is the final installment of this series looking back on the history of public architecture. Here the "African Savannah" area of Zoorasia in Yokohama Dobutsu-no-Mori Park is introduced, and a timeline of 100 years of public architecture is presented.
(As of March 1, 2023)
 
 

1・横浜市公共建築の紹介 This is The Public Building

◆横浜動物の森公園内「よこはま動物園ズーラシア」
Yokohama Dobutsu-no-Mori Park, ZOORASIA

 
ズーラシアマップ
ズーラシアマップ(提供・よこはま動物園ズーラシア)
@北門 Aライオン舎 BとCサバンナテラス(休憩棟)
 
 
動物園は動物の保全飼育と展示の場。野生の動物と出会うことは、人が動物の生息環境や地球環境を考えるきっかけとなる。
動物園の主役・野生動物のための施設整備は、ものづくりの技術に加えて飼育員の知恵と知識、経験を総動員するものだった。
 
横浜動物の森公園の広さは103・3f。このうち動物園部分となる「ズーラシア」は45・3fを占める。1999年の一次開園以来、順次エリアを拡大し、2015年4月に最後の整備エリア「アフリカのサバンナゾーン」の開園により国内最大級の動物園となった。 サバンナゾーンの最大の見どころは『混合展示』。サバンナゾーン中心に位置する「草原エリア」でグラントシマウマとエランド、チーター、キリンの同居展示にチャレンジした。 13年当時、環境創造局公園緑地整備課の担当係長としてサバンナゾーンの整備に携わった岩間髓jみどり政策調整担当課長と、建築局施設整備課担当で獣舎などの建築物の整備に携わった松誠営繕企画課課長補佐に話を聞いた。(敬称略)
 
Zoos are places for conservation breeding and exhibition of animals. Encountering wild animals is an opportunity for people to think about animal habitats and the global environment. The development of facilities for the zoo's mainstay wild animals involved the collective wisdom, knowledge, and experience of the zookeepers in addition to their manufacturing skills.
 
松誠営繕企画課課長補佐(左)と岩間髓jみどり政策調整担当課長
松誠営繕企画課課長補佐(左)と岩間髓jみどり政策調整担当課長
 
 

―ズーラシアでは混合展示で動物を見ることができます。

岩間「はい。ズーラシアは計画当初から、展示空間の統一コンセプトの一つとして『生息環境展示』を採り入れています。従来型の動物園は、動物の種ごとに獣舎と展示場を組み立てて柵や檻の中で展示していましたが、ズーラシアではサバンナも含めて、植栽や環境演出により現地の雰囲気を再現することで、動物を野生に近い姿でご覧いただけます」
「混合展示といっても、捕食してしまうライオンや、単独行動を好むクロサイは一緒にすることができません。檻の代わりにモート(堀)で居住エリアを分け、観覧する人には全体が一緒に見えるような仕掛けです」
「また、通常はお客さまの観覧側に展示場があり、奥の方に動物たちの家となる獣舎を配置しますが、そうすると動物たちは習性として獣舎の方に寄っていってしまい、お客さまから離れて見えにくくなりがちでした。そこで、私たちは考え方を転換し、観覧側に獣舎を配置し、動物の姿を近くで見えるようしました」
 
「サバンナの地形をつくるには、園全体の造園計画で園路レベルを設定し、その園路レベルに合わせて建物のレベルを設定するといった、3次元の設計作業を行いました。獣舎の検討では環境創造局と設計者、動物園のスタッフ、飼育員、建築局が一緒に議論を重ね、動物の快適さとともに管理のしやすさ、施工性の良さを考え、さらに、動物が主役なので、建物や構造物が主張をしないよう意識して設計しました。動物を運搬する車両の大きさや搬入に使うスクイーズケージ≠ェ入る廊下幅が必要になるなど、これまで担当していた公共建築物とは違った配慮も求められました」
 
岩間「野生動物のことは科学的知見をもっても把握しきれない部分があります。例えば、建具の扉の強度を決めるには動物の体高×体重×スピードで計算します。しかし、動物が扉に体当たりする時の衝撃は、計算上の最大値になるわけではありません。自分が死んでしまうほどの強さでは衝突してこないからです。頑丈すぎる扉は安全ではあってもオーバースペックで無駄になってしまいます。また、飼育員には女性も多いため、できるだけ最小限の力で開閉できる門扉を用いるなど、管理のしやすさも必要です。そこで各担当者は、飼育員へのヒアリングの他海外の文献にも当たり、設計を具体化していきました。皆、良いものをつくろうという気持ちが強く、会議がなかなか終わらないこともありました」
 
「どれだけ検討を重ねても、工事が進み建築の形が見えてくると、飼育の視点やランドスケープの視点でいろいろな意見が出てきました。良いもの以上の最良のものを作ろうと皆真剣です。ギリギリまで変更に次ぐ変更で、必死の毎日でした」
 
岩間「施設は一つ一つがオーダーメイド。国内の他の動物園に協力を依頼して動物に関する情報を集め、工夫を重ねて獣舎を作り込みました。建築・造園・土木・電気などの技術職員が総力で仕上げたプロジェクトですが、ここで得た知識や経験を伝承する機会はなかなかありません。いつか他所で新しい動物園をつくる人が横浜に来て、園地や獣舎の竣工図を見た時に、私たちの設計思想を読み取ってもらえればいいなと思います」

 

野生動物の居ながら施工
 
「建築はチーター舎や北入口ゲートから順に着手し、最大5〜6棟の工事が錯綜しないよう進めました。施工会社は建築に付随して電気や機械など設備工事があり、また、造園工事や土木工事も同時並行でしたので、毎週全体の定例会議を開き、搬入・搬出車両を調整しました」
「工事は開園エリアにいる野生動物の居ながら施工≠ナもあります。新築する休憩棟の真裏にはチンパンジー舎があり、チンパンジーは音にとても敏感なので、寝ている時間帯は大きな音の出る作業を避けるなど、動物の健康に配慮した施工計画を立てました」
 
岩間「そうでしたね。市街地での工事では地元住民から騒音対策などの要望を頂くことがよくありますが、野生動物にも要望があるのです。ストレスで引きこもったり、餌を食べなくなったりしないよう注意を払いました」
 

―2013年の冬は大雪の降った年でした。

「いやもう、大変でした。寒さが厳しくて土が凍ってしまうと、造成や造園工事は氷が溶けるまで作業が進みません。さらにそこに大雪が降って、何日も溶けない。施工者さんは皆さん大変苦労されていました」
 
岩間「雪がなくなっても、霜が降りて霜柱が立ち、それが溶けると地盤は水浸しです。園地の工事がストップすると、そのあとに続く建築工事も押されます。広範囲に鉄板を敷いて作業しやすくしましたが、作業スペースの確保で造園工事と建築工事などの間のせめぎあいもありました」

 

公共工事は知見を広げる機会
 
岩間「私はサバンナの一部開園まで担当した後に異動してしまったのですが、混合展示は動物同士が慣れていなくて苦労があったと聞きました。工夫を凝らして景石を置き、形の良い大きな高木を植えましたが、チーターがその高木の上に登ってしまいなかなか降りてこなかったり、グラントシマウマが獣舎から出てこなかったりというハプニングもあったそうです」
「ですからサバンナが全面開園し、混合展示を見た時にはゾクゾクとした感動がありました。私たち作り手としては設計や工事が大変だったという話になりますが、飼育管理する人の思いや工夫が一体になって、初めて動物園にサバンナの景色が生まれたわけです」
 

―関係局の技術者同士で切磋琢磨する場でもあったのですね。

岩間「新しいエリアがオープンすると、過去の担当者やOBらが視察に来たりするのですが、グレーチングの収まりから擬岩の仕上がりまで、明らかに一般の来園者の方々とは見ているところが違う。こうした方がよかったという設計批判や、自分たちのエリアの方が優れているなどと腕自慢が始まるのです。それもまた楽しいものです」
「松さんとも最近はずいぶん会っていませんでしたね。市職員は約3万人もいるので、同じ庁内にいても、プロジェクトが終わると話をする機会はそうあるわけでもないのです。サバンナゾーンでは飼育員や関係局の人などさまざまな技術者と一緒に仕事をすることができました。その時一緒に苦労したメンバーとは、今も共通のなにかがあるような気がします」
 

―ズーラシアには、そのような気持ちが良く表れていると思います。

岩間「サバンナゾーンという特殊な施設の整備ではさまざまな発見があり、自分の知見を広げる機会になりました。公共施設の整備は学ぶことがとても多く、やりがいがあります。建築物も造園空間も利用者がどう楽しんでくれるかを常に意識して整備しますが、ズーラシアでは、私たち自身も楽しみながら取り組んでいました。当時の担当課長などは相当ハマってしまい、あれも飼おう、これも飼おう∞いや〜、本当に楽しい≠ネどと言っておりました。園長さんのようでした」
 
「皆さん、ズーラシアにぜひお越しください。動物たちとともに、建築物も見て楽しんでください!」
 
施工中のサバンナゾーン
施工中のサバンナゾーン
@休憩棟 A観覧空間と動物展示空間を分けるモート(堀)
B仮囲いから動物たちが「待っててね」 Cライオン舎の建築は土木工事に見える
D大雪に見舞われる Eなかなか溶けない雪(DE写真提供・松誠氏)
 
横浜動物の森公園内「よこはま動物園ズーラシア」
▽所在地 横浜市旭区上白根町1175−1
▽面積 全体面積103・3f、内よこはま動物園約45.3f
 
【サバンナゾーン建築工事担当】
▽チーター舎
・設計 田辺設計
・建築工事 三武建設
・空調衛生設備工事 佐藤設備工業所
・電気設備工事 太洋電設
▽ライオン舎
・設計 田辺設計
・建築工事 伊勝
・衛生空調設備工事 佐藤設備工業所
・電気設備工事 信和電気工業所
▽リカオン舎
・設計 田辺設計
・建築工事 土志田建設
・空調衛生設備工事 共栄社
・電気設備工事 三光電業
▽家畜舎
・設計 ケー・アール建築研究所
・建築工事 上條建設
・衛生設備工事 児玉住設
・電気設備工事 信和電気工業所
▽クロサイ舎
・設計 ケー・アール建築研究所
・建築工事 原建設
・衛生設備工事 ホーセン
・電気設備工事 三栄電設
・ITV設備工事 太陽システム
▽シマウマ・エランド舎
・設計 日生建築計画研究所
・建築工事 土志田建設
・衛生設備工事 親亜
・電気設備工事 平岡電機工事
▽アビシニアコロブス舎
・設計 渡辺建築設計事務所
・建築工事 安藤建設
・空調衛生設備工事 神中工業
・電気設備工事 美友電機サービス
▽ふれあい広場休憩所
・設計 山本理顕設計工場
・建築工事 中鉢建設
▽休憩棟
・設計 山本理顕設計工場
・建築工事 馬淵建設
・衛生空調設備工事 神奈川空調工業
・電気設備工事 キャット
▽北入口ゲート棟
・設計 山本理顕設計工場
・建築工事 工藤建設
・衛生空調設備工事 はま設備工業
・電気設備工事 日動電設
▽キリン舎
・設計 金子設計
・建築工事 渡辺組
・衛生空調設備工事 金子工業所
・電気設備工事 窪倉電設
▽コピエ前便所棟
・設計 金子設計
・建築工事 三共建設
・衛生設備工事 フジカン
▽チータービューイングシェルター
・設計 ジェイ石田アソシエイツ
・建築工事 石黒建設
 
【サバンナゾーン造園工事担当】
▽アフリカサバンナゾーン基本設計 総合設計研究所
▽アフリカサバンナゾーン実施設計(その1) プレック研究所
▽アフリカサバンナゾーン実施設計(その2)〜(その4) 総合設計研究所
▽地質調査業務 石川綜合技研
▽地質調査業務(その2) 横浜環境地質
▽草原エリア
・整備工事 藤造園建設
・電気設備工事 新興電設工業
・整備工事(その2) 濱田園・アライグリーンJV
・電気設備工事 東洋電装
・整備工事(その3) 小島造園
▽疎林エリア
・整備工事 濱田園・櫻井造園JV
・電気設備工事 妙光電機
▽サバンナゾーン
・高圧受変電設備 新興電設工業
▽ふれあいエリア
・整備工事 田澤園
・電気設備工事 妙光電機
▽北口エリア
・整備工事 奈良造園土木
・機械設備工事 一伸機工
 
 
◆横浜市建築局 公共建築の歴史を振り返る
公共建築の始まり 

1917年に開港記念会館の建設担当として招かれた山田七五郎は、建築課において職員とともに庁舎や学校、市営住宅などの建設を担当し、その後の横浜市の公共建築に大きな影響を与えた。日本で最初の不燃公営アパートや東日本で最初の鉄筋コンクリート造の小学校などがあり、学校や市営住宅の供給が急務となる中、高い技術力で対応した。
 
震災復興・戦災復興

関東大震災による木造建築物の被害を教訓に、当時最先端の鉄筋コンクリート造建築物を建設した。特に復興小学校には、スムーズな避難を考慮してスロープなどを付加した。
 
大量供給・人口急増への対応

1960年代は児童数の増加に伴い、鉄筋コンクリートの校舎建設を効率的に進めた。狭い敷地を有効利用するため、校舎と体育館が一体となった学校も。人口や世帯数の急増に対応するため、市内各所に大規模団地(市営住宅)を建設した。鉄道延伸に合わせて郊外部の市街地開発も進んだ。
 
量から質へ

1970年代後半からは学校や市営住宅などにも都市デザインという視点を盛り込み、地域の特徴や街並みに調和する施設として整備した。美術館や競技場など、大規模な施設整備や地区センターや地域ケアプラザなど市民活動を支援する身近な施設も多く整備した。
 
防災・減災、長寿命化への対応

2000年代に入ると新しく建てる時代から長く使い続ける時代になり、既存施設の長寿命化や耐震改修、天井脱落対策、バリアフリー化整備など、安全安心で誰もが使いやすくなる取り組みを進めている。
 
脱炭素社会の実現へ

いま、地球規模の環境課題への対応として建築物にも環境配慮が求められている。省エネ・再エネなど公共建築物の環境性能向上と木材利用に取り組んでいる。

 

主な公共建築年表(▲は現存せず)
1913年 赤レンガ倉庫(1号館)
1915年 西谷浄水場
1917年 開港記念会館
1918年 南吉田公設市場▲
1920年 寿尋常高等小学校▲
1922年 臨時建築課を経て建築課発足。学校や市営住宅、市場などの建設がスタート
1925年 震災復興住宅(七島住宅)▲
1929年 商工奨励館(現・横浜情報文化センター)
1930年 ベーリック・ホール
1931年 横浜開港資料館
1932年 大倉山記念館
1943年 初代南区庁舎▲
1950年 六代目市庁舎▲
1950年 磯子小学校(木造校舎)▲
1959年 七代目市庁舎
1961年 横浜マリンタワー
1962年 旧横浜文化体育館▲
1970年 左近山分校(プレハブ校舎)▲
1973年 旭工場・余熱利用施設
1973年 希望が丘地区センター
1978年 横浜スタジアム
1984年 横浜こども科学館(はまぎんこども宇宙科学館)
1986年 関内ホール
1988年 横浜美術館
1989年 横浜アリーナ
1994年 中央図書館
1997年 東永谷地区センター・地域ケアプラザ
1997年 横浜国際総合競技場(日産スタジアム)
2000年 保土ケ谷区総合庁舎(耐震補強)
2002年 大さん橋国際客船ターミナル
2009年 象の鼻テラス
2016年 南区総合庁舎
2018年 日野こもれび納骨堂
2020年 八代目市庁舎
2020年 横浜市立市民病院
2020年 横浜武道館
2023年 消防本部庁舎
 
横浜市建築局 公共建築年表
公共建築年表
 
※資料提供・横浜市建築局
 
 

2-1・公共建築に携わる職員の紹介 Technology persons of Yokohama city

◆公益財団法人 横浜市建築保全公社
Yokohama City Building Maintenance Public Corporation

公共建築物の適正な維持・保全業務を行い、施設の安全性や利便性を高めて、市民福祉の増進に寄与しています。
また、これまで公社が長年培ってきた修繕技術に加え、安全管理や工事の品質向上などに関する調査研究を行い、研究結果を今後の工事に活かす取り組みを行っています。成果を市民や施工者を対象とした研修会などの普及啓発活動を通じて、公益法人として広く横浜の社会に還元しています。
 
【技術管理課】
公社発注工事の完成検査、技術基準などの整備、普及啓発などを担当しています。また、工事事故防止事前学習会や事故の情報提供を行い、工事事故防止を支援しています。
【設備課機械係】
横浜市が所有する約2600施設の建築設備の修繕事業を担当しています。横浜市より、学校や市民利用施設など、さまざまな改修や緊急修繕の依頼を受け設計及び工事の監理業務を行っています。
 
横浜市建築保全公社
横浜市建築保全公社 技術管理課、設備課機械係
 
(氏名 Name 推し≠フ公共建築またはひとこと My favourite Public building or message for you)
 
堀切安二(ほりきり・やすじ) 馬場花木園休憩棟(茶室)。別名横浜の茶室。馬場花木園の茶室です。全開放できるガラス戸の中に繊細でとても精緻に造り込まれた本格的な茶室です(建築家、大江匡氏の設計です)。ゆったりとした時間を満喫できます。旧藤本家住宅との対比も一興です。
 
窪村智子(くぼむら・ともこ) 篠原地区センター。わが家の近所のなじみの施設。小規模な建物ですが設計は槇文彦さん。繊細なフレームワークと透明感のある空間は、見てよし、使ってよし。
 
庄司隆(しょうじ・たかし) 山手111番館。山手のメインストリートである山手本通りとワシン坂通りが交差する港の見える丘公園前の交差点間近に立つ西洋館です。設計は、アメリカ人建築家J.Hモーガンによるものであり、居留地建築家として知られています。
 
高木慎一(たかぎ・しんいち) 新横浜公園日産スタジアム。担当時代、年4、5件ほど改修工事があったため、足繁く通った施設です。また、施設が広いため移動に時間が掛かったり、横浜マリノスの有名選手と廊下ですれ違った思い出があります。
 
金原靖彦(かなはら・やすひこ) 横浜市開港記念会館。横浜三塔のうちジャックの塔を擁する開港記念会館。社会人になった時、この隣の企業に勤めていましたが、事務所の窓から外を望むと、レンガの建物が目の当たりに。今も変わらず、横浜っぽい建物です。
 
新井聡(あらい・さとし) 横浜マリンタワー。私が小学生の時、6月2日の開港記念日になると自転車で紅白のマリンタワーへ行き、展望台まで階段で上っては景色を眺めていました。今は銀色になりましたが、思い出のある推しの建築物です。
 
五味洋治(ごみ・ようじ) 横浜港大さん橋国際客船ターミナル。以前勤めていた会社で一時期携わっていました。とにかく斬新で、柱・梁の無い空間は当時かなりの衝撃を受けました。通り芯はX側で120以上あったのを覚えています。
 
山岸巌(やまぎし・いわお) 横浜美術館。以前の会社で美術館駐車場の地下変電所の建設を美術館の建設に合わせて実施していました。当時は地下変電所より美術館に興味があり、現場内をそっと見学していました(美術館の建設は直接関係ありません)。
 
黒川元治(くろかわ・もとはる) 横浜港大さん橋国際客船ターミナル。非常に大きく、流れるような曲線を駆使した建築物です。当時、設備の工事監督員を担当しておりましたが、設備の収まりに非常に苦労したことを思い出します。
 
渡辺一夫(わたなべ・かずお) 横浜市立みなと赤十字病院。新山下にある要塞(ようさい)のような外観の公設民営634床の総合病院で、病院整備(設計時)に携わりました。病室4床(個室的多床室)は各ベットエリアごとに空調の吹出量が調整できます。入院した際はためしてみては!
 
井形敦(いがた・あつし) 長屋門公園。市民向けの見学会に防災設備の説明者として参加しました。一通り説明した後、放水銃を使ったデモンストレーションを行い、防災設備の重要さを感じてもらいました。
 
後藤幸二(ごとう・こうじ) 横浜能楽堂。1996年にオープンした施設で、設備担当として建設に携わりました。舞台は「染井能楽堂」と言われた由緒あるものを移築したもので、見所からみる姿は素晴らしいです。
 
大谷康雅(おおたに・やすまさ) 本牧山頂公園。元々は米軍キャンプ地跡の敷地で1998年オープンした公園です。現在は市民の憩いの場所となっております。幼少の頃、現公園内の風景はまさに映画で見たアメリカ。景観がきれいな公園です。
 
永澤典人(ながさわ・のりと) 中央図書館。地下にある自習室では、資格試験の際に毎回缶詰になって勉強していました。年齢も幅広く皆が自習目的なのではかどります。周囲の携帯電話の電波が一向に良くならないのも、もしかして勉強に集中させるためでしょうか。
 
板橋悟史(いたばし・さとし) 日産スタジアム。2021年のコロナ禍で、歌手の藤井風による無観客のフリーライブがここで行われました。誰一人いないスタジアムでピアノのみで大声で歌う彼の姿が印象的でした。
 
門田洋祐(かどた・ようすけ) イギリス館。山手エリアでは、多くの西洋館があり各種イベントなどが開催されています。イギリス館は港の見える丘公園の側にあり、大変見晴らしがよく山下公園や横浜ベイブリッジなど見下ろせ、春になると庭園のバラが咲き、見頃です。
 
川又一節(かわまた・かずま) 新横浜公園。日産スタジアムでは、2022年夏に家族でミスターチルドレンのライブを見ました。その他年間を通じてイベントが盛りだくさんです。公園は広く、スケートボードやランニングを楽しんでいる人たちでいっぱいです。
 
尾上耕一(おのうえ・こういち) 横浜マリンタワー。2009年度に第一回目の大規模改修を担当し、2022年9月に二回目の改修を終えて、再オープンしました。展望台から横浜港が一望でき最高の眺めです。一見の価値ありですよ!
 
加藤健二(かとう・けんじ) 赤レンガ倉庫。建設当初の倉庫から、商業施設への転用がなされた建築物。建築の歴史を感じながらショッピングを楽しんでみては。
 
降幡和弘(ふりはた・かずひろ) 横浜みなとみらいホール。学生の頃、ヤングシートチケットを握りしめよくクラシックを聴きに行っていました。大ホールの音の響きは格別です。リニューアルもしたので久しぶりに聴きに行ってみたいです。
 
牧本力哉(まきもと・りきや) 日産スタジアム。サッカーワールドカップを初観戦した思い出の場所です。日本最大級の収容人員を誇るスタジアムで、訪れるたびにその規模に圧倒されます。
 
井上輝亮(いのうえ・てるあき) 山下公園。免許を取りたての頃、用もないのに出掛けた、自宅周辺から片道1時間ほどの目的地でした。
 
川村泰久(かわむら・やすひさ) 鶴見川漕艇場。鶴見川堤防沿いに設置されている施設で、各種ボートの練習で使用されています。実際の競技用ボートの大きさを目の当たりにしてビックリしました。
 
倉聡志(くら・さとし) 日産スタジアム。昨年初めて訪れましたが、スタジアムの大きさに驚きました。新横浜公園もふらふらするだけでも楽しめそうなところでした。
 
 

2-2・公共建築に携わる民間技術者の紹介 Technology persons

◆建築家 内藤廣氏

公共建築100周年記念事業として建築局は2022年8月22日、建築家の内藤廣氏を招いて講演会を行った。テーマは「建築とまちづくり」。講演会の後は根岸森林公園トイレ設計コンペの公開ヒアリングを実施し、267の応募作品の中から一次評価を通過した5作品の5者によるプレゼンテーションと、評価委員による質疑応答が行われた。
約400人が参加した内藤氏の講演を要約して紹介する。
 
内藤廣氏
内藤廣氏
 
 
横浜市の公共建築100年を振り返る時、横浜は、戦後の焼け野原から立ち上がって今日に至るということを忘れてはいけないと思います。私の横浜の思い出といえば、神奈川県立音楽堂です。戦後まもない時代に、住宅政策なども必要だったはずですが、そんな時だからこそ「文化」が必要なのだということで建てられたあの音楽堂は素晴らしいですね。母がピアノを教えていたこともあって、私も中高生の頃は、月に1度は通っていました。
もうひとつは、大学生の頃。当時はロックアウトで大学にも行かずアルバイトばかりしていましたが、石川町に係留されていた「ダルマ船」で都市計画事務所をやっていた方の手伝いで、ダルマ船の中で、軍艦島のブロックプランを描いた記憶があります。その頃の横浜は、異国情緒のような不思議な雰囲気が色濃く残っている場所がありました。
「港町」というのはバタ臭さというか、不思議なにおいが漂います。外人墓地など海外とのつながりがいろいろあり、開かれた文化ということ。外国の方をどんどん受け入れて、グローバルに開かれた場所ということ。そのようなイメージが横浜らしさなので、海外に開かれた場所ということをもっと標榜してもいいかと思います。
東京の喧騒からちょっと離れて開かれたまち、そのことも横浜の空気をつくっていくのではないでしょうか。
 
 
人を励ますための建築物
 
その後、1993年から、みなとみらい線(MM線)の馬車道駅の設計に関わることになりました。MM線はほぼ水の中を通っているような地下鉄です。断面を見るとコンクリートの厚さが2bほどあり、地下鉄の函体というのはすごい、ほとんど潜水艦のようだと思いました。
MM線の検討委員会では、委員の一人、元国鉄総裁で横浜高速鉄道の社長となった高木文雄さんが、最初の委員会で「これからの駅は地域とともにあるべきだと思います」と宣言されました。地域の色というか、地域の空気を反映するような駅を是非つくってほしいと短くあいさつし、深々と頭を下げられました。その姿に感銘し、思いに応えようと馬車道駅の設計に携わりました。
私は、駅は究極の公共建築物だと思っています。まちの命を、生き死にを握っています。馬車道駅も、いいものをつくりたいと思って取り組みました。
馬車道駅には大空間があります。沿線に高層街区ができることを見込み、そのキャパシティに合わせて計画された駅です。余剰スペースの広さは地下鉄駅として日本最大級ではないでしょうか。今後、周りの街区が概成してくれば、適正規模になってくると思います。
 
近年(2014〜15年)では、山下ふ頭の再開発の検討委員会で委員として関わりました。船上や横浜マリンタワーの上から山下ふ頭を視察したりして、跡地をどう活用するかという検討会でした。横浜市の未来を決める開発ですね。委員会が終了した後、しばらくしてIRの話が出てきたりしましたが、いずれにしても、とても大きなエリアです。皆さんで議論されて、良い結果を出していただければと思います。
 
司馬遼太郎がJIAの講演会で「東京に来ると疲れますなぁ、建物は立派で。建築というのは本来、人を励ますためにあるのではないか」ということを言っています。人間、辛いことがあったりするけど、そういう時に、巷を歩く人たちを励ましたりするためにあるのが公共建築ではないかということです。
これまでの公共建築は、そうなってきたでしょうか。
例えば、東日本大震災に見舞われた三陸などでは、単純に震災復興というだけでなく、日本が、建築家が、どうやってまちに向き合ってきたかが問われていると思います。
これからの公共建築を考えると、やはり人を励ますための建築物であるべきだ、と思います。私もいつも自分の中で問いかけています。
 
 
200年後に残す社会インフラ
 
公共建築についてもう少し言うと、まちづくりを一生懸命やってきたまちには、人が集まってきます。
山口県周南市の徳山駅ビルのワークショップを開いた際に、駅にほしい機能は何かと学生たちに聞くと、シャワー室だと言います。なぜか。放課後に部活をやって汗だくになるので、塾に行く前に駅でシャワーを浴びたいからだと。なるほど。実際に採用することはできませんでしたが、彼らのライフスタイルが垣間見えて面白かったですね。
アカデミックな計画学の中では拾いきれないけど、これからの公共建築では、そういう声も拾っていかなくてはならないのかなと思います。つまり、地域やその場所のニーズにシンクロした公共建築は、ものすごく生きてくるということです。
この建物には、図書館が入っていて、夜遅くまでいつも人でいっぱいです。
 
 
これからの公共建築について。
100年経った「公共建築」ですが、われわれは100年間、何をつくれてきたのでしょうか。たくさんつくってきましたが、本当に後世に残るものをつくることができたでしょうか。
100年スパンで考えると、耐久性などさまざまな制約はありますが、愛されない建物は残りません。100年にわたって愛される建物をつくれるかどうかは建築家の大テーマ。
ちょっと面白くて拍手喝采される建物はあるかもしれませんが、100年愛され続けるような価値のある公共建築を本当につくれるか。いままで横浜はつくれてきたか。ちゃんと検証した方が良いでしょう。
 
私は以前「つまらなくて価値のあるもの」という文を書いたことがあります。おもしろくて価値のないものはたくさんあります。一発芸%Iなものは、それはそれで良いとして、建築も、おもしろくても価値のないものがあります。その逆、つまらなくて価値のあるものはないかと考えた時、洋服で言うとジーンズのように、自分の体になじみ、汚れているかもしれないけど、使い込んだ道具のような、その人にとって価値のあるもの。建物も、そうなる素質を持ったものがつくれないか、と思っています。
 
経済学者の宇沢弘文が「社会的共通資本」ということを言っていますが、これからの公共建築がどうあるべきかと問われたら、文化を担うような公共建築は社会的インフラのひとつ、「社会的共通資本」になるべきだと思います。
横浜市が公共建築を建てる際、「これは100年後、200年後に残す社会的インフラなんだ」と言っていただくと良いですね。あるいは、そういう共通認識を持っていただくといいと思います。
(2022年8月22日 関内ホール 大ホールにて)
 
内藤廣氏(ないとう・ひろし) 建築家・東京大学名誉教授
 
 

3・建築局公共建築部長ご挨拶 General Manager of Public building division Yokohama City

肥田雄三公共建築部長
(上から)@設計コンペで審査員を務める肥田雄三公共建築部長
A「こどもワークショップ」では子どもたちが角材とジャンボ輪ゴムで家を建築
Bパネルディスカッション「これまでも、これからも、横浜らしく」
C建築局公共建築部を中心に集まった「未来プロジェクトチーム」(写真提供・横浜市建築局)
 
 
建築局公共建築部長 肥田雄三(ひだ・ゆうぞう)

ご挨拶

1年間特集をご覧いただき、ありがとうございました。
横浜市の公共建築に携わった多くの方のお話や、歴代の建築局長・公共建築部長のコメントは、現在、公共建築の整備や保全に携わっている職員にとって、とても参考になるだけでなく、今後しっかり仕事をしていこうというエールとなりました。
「横浜市公共建築100周年」の取り組みは、建築局内のプロジェクトとして、営繕部門の職員だけでなく局内から広く部署をまたいだ約30名の職員が2年ほどかけて検討してきたものです。
アイデア出しから始まり、さまざまな検討の末、本年度、「設計コンペ」や「講演会」「シンポジウム」「ワークショップ」などを実施することができました。
まず、「設計コンペ」ですが、実際に建設する「公園トイレ」をテーマに、学生を含めた40歳以下の若手設計者を対象に実施しました。
267作品もの応募があり、二次評価の公開ヒアリングも約400名が傍聴するなど、広く関心や注目を集め、若手設計者に活躍の場を提供しつつ、横浜の公共建築のPRができたのではないかと思っています。
二次評価の公開ヒアリングの際には、建築家の内藤廣さんの「講演会」を開催し、公共建築のあり方を考える機会とすることができました。講演の映像を公共建築100周年のホームページで公開しておりますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。
11月11日『公共建築の日』の翌12日には、市庁舎のアトリウムをメイン会場として、「よこはま建築ひろば」と題したイベントを開催しました。
イベントは、子どもたちが「建築」に親しむきっかけにしてもらう「こどもワークショップ」と、公共建築のあり方を考える「パネルディスカッション」の二つをメインとしました。
その他にも、市庁舎内部や周辺の公共建築を巡るデジタルスタンプラリー、建物をテーマとした「こどもの絵画作品」の上映、ガス・電気設備の歴史に関する展示など、さまざまな関連イベントを同時に実施し、延べ約3500名の方にご参加いただきました。
ワークショップに参加した子どもたちから「建築に興味がわいた」「普段体験できないことができて楽しかった」という声をいただくなど、多くの団体・企業などのご協力のもと、たくさんの方に建築に触れ、学び、楽しんでいただけるイベントとなり、大盛況のうちに終えることができたと思います。
建設業界の「担い手不足」や子どもたちの「ものづくり」に触れる機会の必要性など、多くの課題を背景としながら取り組んできましたが、業界団体の皆さんと連携することの大切さを実感するとともに、子どもたちが目をキラキラ輝かせている様子を見て、ものづくり(建築)のおもしろさを伝えていかなければと改めて感じました。
「横浜らしい」「長く愛される」公共建築を目指し、今後も100年継続して取り組んでいけるよう、取り組みの成果やその時の思いを、組織のDNAにしっかり刻み込んでいけたらと思っています。
ご協力いただきましたみなさん、ありがとうございました!
 
 
 

 

〈連載を終えて〉
一つの公共建築をつくり上げるのに何人の人が関わり、力を合わせるのか。
横浜市の公共建築100年の歴史には、どれほど多くの人が協力してきたのか。
 
建物の設計や工事はもとより、それに先立つ造成工事や道路、公園、下水道などインフラの整備。それらを考え抜く都市計画づくり、法令上の手続き。用地の手当てや予算措置、建設地周辺市民の協力。公共建築は、大勢の人々の力でできている。
 
本企画の取材にも実に多くの方々に協力してもらった。
早朝や終業後、隙間時間に建設当時の話をしてもらった。
炎天下・大雨の中、現場を歩いて説明してもらった。
名古屋から群馬に向かう新幹線を途中下車して現地に来てもらった。
古い資料をあたったり、懐かしい写真を探し出したりしてもらった。
原稿を何度も、出張の先からも推敲してもらった。
これらの原動力は、公共建築への愛情。記憶をたどる技術者は皆、嬉しそうで誇らしげだった。
 
取材を進める中で、何人もの人が口にした共通ワードがあった。
「チャレンジ」だ。
「挑戦」と言った人もいる。
予想外のトラブルが発生した時。従来の技術では対応できない状況に陥った時。つまり、困った事態に直面すると、技術者は一様に「これはチャレンジだ」と腕まくりをした。
解決策を考えに考え、創意工夫を重ね、発注者と設計者、施工者、監理者は、限界を感じても諦めずに考え続ける。思い切ったチャレンジの結果、完成した建築物への思いはひと方ではなく、一緒に困難を乗り越えた仲間への思いには並々ならぬものがある。それを「良い現場だった」の一言に込める。
工事に携わった人は機会があれば施設を訪れ、そこに集う人を見て喜びを新たにするという。この施設の建設に携わることができて良かった、と。
 
そこにあって当たり前の公共建築。
あまり表には出てこない公共建築に携わる人の思いとは、一緒に苦労した仲間への思いであり、施設を利用する人々への、将来施設を利用するまだ見ぬ人々への思い、愛である。
この連載を通じて公共建築の役割と建設業のロマンを伝えられたとしたら。
公共建築を利用する時、整備に携わった方々の笑顔が目に浮かぶようになったとしたら。
取材班として、これ以上の喜びはない。
(神奈川支社報道部)
 
How many people are involved and work together to create a single public building?
How many people have collaborated in the 100-year history of public architecture in Yokohama?
Not only the design and construction of buildings, but also the development of infrastructure such as roads, parks, and sewers that precede the design and construction of buildings. The urban planning and legal procedures that go into the planning and construction of these facilities. Site allocation and budgeting, and the cooperation of citizens in the vicinity of the construction site. Public buildings are the result of the efforts of many people.
 
Many people cooperated in the interviews for this serial news.
They talked to us early in the morning, after work, and in their spare time about the time of construction.
They walked around the site under the scorching sun and heavy rain to explain the project.
They got off the Shinkansen bullet train from Nagoya to Gunma and came to the site.
They searched through old documents and found nostalgic photos.
They worked on the manuscript many times, even while on the road.
The driving force behind all of this was their love for public architecture. The engineers who traced their memories were all happy and proud.
 
As we proceeded with our interviews, there was a common word mentioned by many people.
It was "challenge.
When unexpected problems occur. When faced with a situation that cannot be handled with conventional technology. 
In other words, when faced with a problem, engineers rolled up their sleeves and said, "This is a challenge.
Thinking of solutions and applying their ingenuity, the client, designers, builders, and supervisors continued to think about it without giving up, even when they felt they had reached their limits. 
The feeling for the completed building as a result of their daring challenge is not one to be taken lightly, and the feeling for their colleagues who overcame the difficulties together is extraordinary. 
This is expressed in the single phrase, "It was a good job site.
 
Public buildings are a natural part of life.
The thoughts of those who are involved in construction, which are not often shown to the public, are the thoughts for those who use the facilities, for those who will use the facilities in the future, whom they have not yet seen, and the thoughts and love for those who have worked hard together.
I hope that through this series of articles, I could help you find the role of public buildings and the romance of the construction industry, and you could spot the smiling faces of the construction engineers on the buildings…
There is no greater joy than this, for us, serial news crew.
Lastly, we would also like to express our sincere thanks to the outside editor-in-chief.
 
 
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2月号 横浜市営住宅/横浜市寿町健康福祉交流センター・寿町スカイハイツ、小泉アトリエ小泉雅生氏、横浜市建築局公共建築部機械設備課、協同組合横浜市設備設計(YSS)、横浜市元建築局長内藤惇之氏・藤田武氏・廣瀬良一氏
 
1月号 横浜スタジアム、横浜市建築保全公社保全調査課・設備課電気係、創和三幸設計櫻田修三氏、清水建設中村竜平氏・三澤裕樹氏、横浜市元建築部長小松ア隆氏・大槻哲夫氏・小島賢治氏
 
12月号 横浜国際総合競技場(日産スタジアム)、横浜市建築局公共建築部電気設備課、竹中工務店柴田恭幸氏、渡辺組渡邉一郎氏、横浜市元建築局長木下眞男氏・元公共建築部長水上秀己氏・元公共建築部長天野敏光氏
 
11月号 横浜アリーナ、横浜市建築保全公社企画調整課・営繕二課、竹中工務店稲垣秀人氏、横浜市元建築局長立花誠氏・相原正昭氏・地曵良夫氏
 
10月号 横浜能楽堂と横浜美術館、丹下都市建築設計丹下憲孝氏、横浜市建築局公共建築部学校整備課、魚津社寺工務店魚津忠弘氏、横浜市建築設計協同組合(YSK)、横浜市元公共建築部長花井透氏・恵美須望氏・秋山雅英氏
 
9月号 横浜マリンタワー、横浜市建築局公共建築部施設整備課、日建設計小野潤一郎氏・日建設計コンストラクション・マネジメント古川伸也氏、渡辺組篠田隆信氏、横浜市元建築局長鈴木伸哉氏
 
8月号 パシフィコ横浜と横浜港大さん橋国際客船ターミナル、日建設計亀井忠夫氏、横浜市建築保全公社営繕第一課・総務課、竹中工務店笠井香澄氏・石原次男氏、清水建設大橋成基氏・林亨多氏・吉田健一氏、横浜市元建築局長坂和伸賢氏
 
7月号 横浜市開港記念会館と赤レンガ倉庫、横浜市建築局公共建築部保全推進課、金子設計金子修司氏・稲毛恒男氏・竹島比佐子氏、竹中工務店中嶋徹氏、横浜市元建築局長黒田浩氏
 
6月号 横浜市新市庁舎、横浜市建築局営繕企画課、竹中工務店橋健人氏、竹中・西松建設共同企業体竹中工務店清水亨氏・西松建設武政邦彦氏、横浜市前建築局長鈴木和宏氏
 
5月号 横浜市庁舎の変遷、横浜市建築局「未来プロジェクトチーム」、横浜市建築局長鵜澤聡明氏
 
 
 

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